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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)5576号 判決

原告

湊直之進

代理人

鎌田俊正

被告

中沢信男

主文

被告は原告に対し金二四三万九四九一円およびこれに対する昭和四六年七月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

1  被告は原告に対し金三一七万八五五〇円およびこれに対する昭和四六年七月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二  原告の請求原因

一(事故の発生)

左の交通事故により原告所有の被害車が大破した。

(1)  発生日時 昭和四六年四月三〇日午後一〇時二〇分頃

(2)  発生場所 茨城県新治郡千代田村大字下稲吉字新宿山一八三四番地先路上

(3)  加害車  大型貨物自動車(埼一一す一四三四号)

右運転者 訴外山本達信

(4)  被害車  大型貨物自動車(足立一え四二八号)

右運転者 訴外平田達一(原告の使用人)

(5)  事故態様 正面衝突

二(責任原因)

加害車運転の訴外山本は被告の被用者であり、その業務として加害車を運転中本件事故を惹起させたものである。仮りに訴外山本が事故当時被告の被用者でなかつたとしても、加害車は被告の所有で、加害車には被告の被用者訴外牧野が同乗していたのであるから、訴外山本は被用者たる訴外牧野の履行補助者ないし手足というべきであるから、訴外山本の運転行為は、「被告の被用者による業務の執行」に当る。

そして本件事故は、訴外山本が加害車を運転中、先行車を追い越そうとしてセンターラインを超え、時速七〇粁で、対向進行中の被害車の進路に進入し、よつて発生したものであり、同訴外人の過失に基づくから、被告は民法七一五条一項により、本件事故により生じた被害車破損による原告の損害を賠償する責任がある。

三(損害)

(一)  修理費相当額および見積費用等 金二三九万七二八五円

被害車の修理費相当額二二二万〇〇〇四円、その見積費用五万五二八一円、分解点検費用一二万二〇〇〇円の合計である。

(二)  修理工場までのレッカー費用

金三万五五〇〇円

(三)  積荷(コイル)の損傷による荷主大和鋼帯株式会社に対する損害賠償

金二二万八七一二円

(四)  積荷の積替人夫費用

金一万五〇〇〇円

(五)  修理等期間中の休車損害

金五〇万二〇五三円

レッカー車による引揚期間五日、修理見積期間七日、修理所要期間二五日、合計三七日間被害車を使用しえず、被害車の一日当り稼働所得は一万三五六九円であるから、休車損害は右金額となる。

四(結論)

よつて原告は被告に対し、以上損害合計金三一七万八五五〇円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四六年七月七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三  請求原因に対する被告の答弁

一  請求原因第一項の事実は認める。

二  同第二項の事実中、本件事故が訴外山本の過失により発生したこと、訴外牧野が被告の被用者であることは認める。訴外山本が被告の被用者であることは否認する。

訴外山本はもと被告の被用者であつたが、事故前の四月二〇日頃退職したものである。そして、被告は訴外牧野に加害車を工事現場から被告方に持ち帰るよう指示したのであるが、既に雇用関係のない訴外山本が被告に無断でこれを運転し、しかも被告方とは方向の違う東京方面に向け進行していて本件事故を起したものであるから、本件事故時の運転は被告の業務の執行にも当らない。

三  同第三項は争う。

第四  証拠関係〈略〉

理由

一(事故の発生)

請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。

二(責任原因)

〈証拠〉によると、次の事実が認められる。

被告は、中沢建材の名称で、埼玉県深谷市を本拠とし、約八名ほどの使用人(ダンプ運転手)を使用して、土木建築業を営んでいるもので、その仕事の中心はダンプカーによる土砂の運搬である。被告は昭和四六年二月訴外牧野某をダンプ運転手として雇用し(牧野が事故当時被告の従業員であることは当事者間に争いがない。)、その際、同人に専用のダンプカーを所有させるため本件加害車を購入したのであるが、ディーラーとの関係では被告が買受名義人となり、被告と牧野との間では牧野が買受けることとして、代金の支払いは、被告が牧野の給与から毎月月賦代金を燃料代、修理代とともに差引いてディーラーに支払う方法をとつた。以来加害車は被告の指示に従い牧野が被告の業務のために使用してきた。一方訴外山本達信は、同年三月下旬頃被告にダンプ運転手として雇用され、被告所有の貨物自動車を運転してその業務に従事してきたものである。そして本件事故前から、牧野、山本はともに福島の工事現場で被告の業務に従事していたところ、同年四月二〇日頃山本は被告と仕事の折合いがつかないため退職したが、なお福島の現場に仕事をしないで居残つていた。そのうち福島での仕事が終つたので、牧野は、加害車をもつて深谷の被告方に帰るよう被告から指示されたが、それを知つた山本から、ついでに同人を東京の実家まで同乗させてくれるよう依頼された。そこで牧野はこれを容れて、本件事故当日、深谷へ直行するコースを若干変更して東京へ立ち寄ることとし、その途中運転を交代し、牧野が助手席に乗り山本が運転して加害車を運行中に、本件事故が発生した。右コースの変更や山本を同乗させこれに加害車を運転させることは被告に断つていない。

右の事実が認められ、原告本人尋問の結果(第一回)も右認定を左右するに足りず、他に右認定を左右すべき証拠はない。

右事実に基づき被告の使用者責任の成否を考えるのに、訴外牧野は被告の命により埼玉県深谷市の被告方へ向け加害車を運行すべきところ、被告に断りなくコースを変えて東京方面へ向つたのであるが、右は単に業務執行の方法についての内部的な命令違背の問題にすぎないから、コースの変更自体は本件事故時の運転が事業の執行に当ると解することの妨げにはならない。

ところで本件事故当時の加害車の運転は、既に被告との雇傭関係が切れている訴外山本が当り、しかもこれについて被告の承諾はなかつたのであるが、民法七一五条一項の使用関係を肯定するためには、必ずしも法律上の雇用関係の存在を要せず、事実上の指揮監督関係があれば足り、しかもその関係は必ずしも直接的であることを要しないと解されるところ山本はわずか一〇日前までは被告の被用運転手であつたのであり、そして牧野は被告の事業の執行として加害車を運行するにつき山本に運転行為を委ね、自ら助手席に同乗していたのであるから、山本は被告の指揮監督下にある牧野の具体的指示のもとに、かつ牧野に代つて被告の事業の執行としてする意思をもつて、運転行為に当つていたものと推認できる。従つて被告の意に添わないものとはいえ、事実上被告はその被用者牧野を通じて間接的に山本に対し指揮監督の実を及ぼしていたものということができるのであり、そして山本において無事その運転を遂行すれば、その利益は被告において享受しえたものである。しかも一種の危険物とみるべき加害車の使用権限についてみるに、前認定の事実によりその実質上の所有者は牧野とみるべきではあるが、前示加害車の購入および代金支払いの方法ならびに使用状況に鑑み、被告はその運行につき自己の所有車と同様の完全な支配権限を有していたものとみることができる。

民法七一五条一項の使用者責任の根拠である報償責任および危険責任の理念に照らし、右のような事情のある本件においては、本件事故時の運転行為は、被告の承諾なしに被告の被用者でない山本よりなされていたのであつても、なお同条の適用上、客観的に被告の被用者によるその事業の執行に該当すものと解するのが正当である。

そして本件事故が山本の過失によつて発生したことは当事者間に争いがないから、被告は同条項に基づき、本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。

三(損害)

(一)  被害車の破損自体による損害

金二〇〇万八三七九円

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

被害車は本件事故によりその前部を大破され、このため原告は訴外東京いすず自動車株式会社ないし正宏自動車工業株式会社にその修理見積を依頼したところ、まず分解点検前の査定として、見積額一八七万七六八四円ないし二五二万一二二四円で、差額六四万三五四〇円は分解点検まで保留との見積りを受け、その見積費用として五万五二八一円を要し、次いで分解点検の後最終的に二二二万〇〇〇四円との見積りを得、その分解点検費用として一二万二〇〇〇円を要した。しかし結局原告は、被害車を修理して使用するより新車に買替えた方が得策と判断して、昭和四六年六月一〇日頃同種の新車を代金三五五万円で購入し、その際大破した被害車を一〇万円で下取りに出した。

被害車は、原告が昭和四五年四月頃、新車として、代金三六五万三二〇〇円で購入したもので、本件事故まで約一年間原告が運送営業に使用してきたものである。

右のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、他に特段の事情のない本件では、被害車の事故当時の交換価値は、減価償却資産の耐用年数に関する省令に定める定率法による償却率(事業用貨物自動車については耐用年数四年、それに対応する償却率0.438)による一年間の減価償却額一六〇万〇一〇二円を前記購入価格から減じて、二〇五万三〇九八円と評価するのが相当である。

しかるところ原告は、右修理見積額二二二万〇〇〇四円見積費用五万五二八一円、分解点検費用一二万二〇〇〇円の合算額をもつて損害と主張するのであるが、右のとおり最終的な修理見積額は被害車の事故当時の交換価値評価額と前記下取価格(破損後の残存価値)との差額を超えるから、このような場合には右差額をもつて本件事故と相当因果関係ある損害の数額とみるべきであり、その他に、原告において、破損した車両を修理して使用するかもしくは新車に買替えるかを決定するに要する相当な費用は、これまた事故と相当因果関係ある損害とみるべきところ、前認定の事実、前出甲第一六号証各証により窺える破損の外観および前出両証人の証言を総合して判断するに、右の判断のためには第一次の見積りをもつて必要かつ十分と考えられる(現に、〈証拠〉によれば第二次の分解点検による見積りは、新車購入後の昭和四六年六月一七日受付、同月一九日完成となつているのである)。から、その見積りに要した前記五万五二八一円の限度で、損害額に加算すべきである。

そうすると被害車の破損それ自体による損害額は合計金二〇〇万八三七九円と評価される。

(二)  修理工場までのレッカー費用

金三万五五〇〇円

〈証拠〉により右費用を要し、これは本件事故に基づく損害と認められる。

(三)  積荷(コイル)の損傷による損害 金二二万八七一二円

〈証拠〉によれば、原告は運送業を営むものであるところ、訴外大和綱帯株式会社よりコイルの運送を受注し、これを被害車に積載して運送中に本件事故に遭つたものであるが、本件事故のためそのコイルが破損して金二二万八七一二円相当の損害を右訴外会社に生じ、同会社に対しこれを支払つたことが認められる。そうすると原告は被告に対し右同額を求償することができるものというべきである。

(四)  積荷の積替人夫費用

金一万五〇〇〇円

〈証拠〉によると、原告は本件事故のため、前項のとおり訴外会社から運送を請負つたコイルを他の車両に積替えて運送するのやむなきに至り、その積替え人夫費用として金一万五〇〇〇円を出捐したことが認められ、これも本件事故に基づく原告の損害である。

(五)  休車損害金 一五万一九〇〇円

原告は、原告車の修理を前提として、それに要する期間の休車損害を主張するが、前認定のとおり原告はこれを廃車にして新車に買替えたのであり、またこれを前提として車両損害を認定したのであるから、休業損害についても、新車に買替えその使用を開始するまでに要する相当な期間の限度でこれを算定すべきものである。そして、前出甲第一九号証によれば、原告は昭和四六年六月一〇日頃新車の納車を受け、それまで被害車を原告の運送業に使用することができず、このため使用すれば得べかりし運送収入を失つたものと認められるのであるが、前(一)項に判示したとおり原告において新車買替えを決定するには第一次の見積りをもつて必要かつ十分であるところ、〈証拠〉によれば、右見積りは昭和四六年五月六日に完成したことが認められ従つて原告としてはその時点から新車購入の手続を始めることができたものというべきであり、前出甲第一九号証、第二一号証の一、二および経験則に照らし、ディーラーの信用調査等の手続きや特別仕様加工等納車までに必要と認められる期間をも考慮して、本件事故と相当因果関係を肯認しうる休車期間は二〇日間程度と認めるのが相当である。

次に原告車の一日当りの休車損害額につき考えるのに、〈証拠〉によれば、昭和四六年二月ないし四月までの事故前三ケ月(八九日)間の原告車の稼働総収入は合計一三五万一九五六円で、一日当り一万五一九〇円であつたことが認められる(なお甲第一〇号証による事故前一年間の稼働収入は、原告本人尋問の結果(第一回)により、昭和四五年一〇月頃から同四六年一月頃にかけて特殊な好条件の受注による収入が加算されていることが認められるので、事故直後の収入予測の基礎とするのは妥当でない。)。そして、右収入をうるための人件費、燃料代、修繕費等流動経費として、甲第一〇号証によれば月額一八万五〇〇〇円をもつて足りるとされているが、具体的な推計根拠が示されていないことと原告本人尋問の結果(第二回)に照らし右が的確な推計であるとの十分な心証をうるに至らず、これを若干多目に見積る必要があるが、経験則上前記稼働収入額の半額とみれば十分であると考える。

そうすると本件事故と相当因果関係を肯認しうる原告の休車損害は一万五一九〇円の半額に二〇を乗じて、金一五万一九〇〇円と評価するのが相当である。

四(結論)

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、以上損害等合計金二四三万四九一円およびこれに対する訴状送達の翌日であること訴訟上明らかな昭和四六年七月七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(浜崎恭生)

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